第2章 決意の大学バスケとネットワークビジネス

 

目次

第0章 川畑はどうして人にライティングを教えられるのか?

第1章 コンプレックスだらけの小学生時代

第2章 決意の大学バスケとネットワークビジネス ←今ココ

第3章 深まる疑いと、答えを教えてくれたバリ島

第4章 自分にしか作れない世界と、ライティングの可能性

 

 

 第2章 決意の大学バスケとネットワークビジネス

 

小学生の頃、発達障害という大きなコンプレックスと戦っていました。

前回の第1章には書いてませんでしたが、中学生の時に不登校も経験しました。

 

そういうのもあって、高校生ぐらいまでは結構根暗だったんですよね^^;

当時の僕の口グセは「どうせ俺なんて。。。」でした。

ちなみに今は、「俺ってさすがだなぁ。」っていう独り言をよく言ってます。笑

 

当時根暗だった僕は、漠然と「魅力的な自分になりたい」と思ってました。

高校生ぐらいの時の僕は自分のことを、「健常者」でもなければ「障害者」という括りにも入りきらない、中途半端な存在だと思っていました。

 

見た目も、喋ってても、いたって普通の健常者です。

けど、やっぱりちょっと「発達障害」に当てはまる症状的なものが、時々出ちゃうんですよね。

 

例えば僕は、人の表情から感情を読み取ることができません。

よくNLP心理学なんかでは、「非言語」という言葉が使われます。

要するに、言葉以外の、仕草、目の動き、体の動作や向きなど、そういった言葉以外の部分でも人はコミュニケーションをとります。

アイコンタクトとか、まさに非言語でのコミュニケーションですよね。

 

僕はこれを読み取るのが結構苦手です(>_<)

 

例えば相手が怒っているにもかかわらず、それを全く表情から読み取ることができなくて、余計相手を怒らせてしまったり。。。

逆に怒ってないのに、僕は「この人怒ってる!」って思い込んでしまったり。。。

で、喧嘩って些細なところから始まるじゃないですか。

だからいわゆるKY(死語?!)的な存在になってしまうのです。

 

なので、人とコミュニケーションを取るのにだいぶ苦労したんですよね。

この「健常者」と「障害者」の狭間にいる感じが、すごく嫌でした。

 

だから僕はこう思いました。

「健常者にも障害者にもなれないなら、その更に上をいく魅力的な人間になるしかないじゃん。」

 

そうなるためにも、小学校からずっと続けてきたバスケを、大学までやり通そうという決意をしました。

なんで魅力的な人間になる=バスケなの?

と、もしかしたらあなたは思ったかもしれませんね。

 

そもそも、本当は大学までバスケを続ける気は無かったんですよね。

けど僕に声をかけてくれた大学のバスケ部は、めちゃくちゃ環境が整っているところでした。

「ここなら僕は自分を変えられるかもしれない。」

そう思った僕は、そこの監督に自分自身が発達障害を持っていることを伝え、それでもここでやっていけるのだろうか?と尋ねました。

 

すると大学の監督は、僕の真剣な気持ちを感じ取ってくれたのか、まだ入学の決まっていない僕と、僕の両親と、4者面談の機会を作ってくれたのです。

大学の設備が整っているのはもちろんのこと、アシスタントコーチもフルサポートするし、心理カウンセラーもちゃんといるから、メンタル面でのバックアップ体制は作っている。

とのことでした。

 

正直その大学は、高校生の時の僕からしたらあまりにもハイレベルすぎて、バスケでついていける自信は全くありませんでした。

けど、ここに自分を変えられる可能性があるなら賭けてみたい!と思って、大学でバスケをする決意をしたんですね。

 

もちろん、大学でのバスケ生活は簡単なものじゃありませんでした。

まず練習はめっちゃハードだし、先輩たち上手いし、同級生たちもみんな能力が高いんですよ。

正直レベルの差を感じていました。

けど、僕には大学でバスケをする明確な理由があったから、挫けませんでした。

 

練習が終わってみんなが帰った後も、1人で自主練をしました。

体はガリガリに細かったので、筋トレを一生懸命やりました。

シュートも全然苦手だったので、シュート練習もやり込みました。

 

その努力を、コーチやスタッフは見ててくれてたからだと思います。

Bチーム(野球でいう2軍)からAチーム(野球でいう1軍)に昇格するチャンスも何度かもらったんですよね。

 

けど、なかなかAチームに止まることができなくて、上がったり落っこちたりを繰り返していました。

その原因は、勇気のなさでした。

せっかく自主練で一生懸命練習した新しい技を、練習の場で試す勇気がなかったんですよね。

だから中々試合では活躍することができなかったのです。

 

けど相変わらず、自主練だけは続けていました。

「自分を変えたい」という根底の思いはあったけど、「新しい自分を出す」怖さがあったんですよね。

そのために変わりきれない自分に、もんもんとしていました。

 

そんな状況で苦しんでいる中、僕はネットワークビジネスと出会ったのです。

ネットワークビジネスを教えてくれた人もバスケをしていたので、同じ共通点のバスケが出会いのキッカケになったんですよね。

 

ちなみに僕が出会ったネットワークビジネスでは、洗剤や化粧品、サプリといった日用品を扱っています。

その日用品は全てオリジナルブランドで、かなりハイクオリティな商品を取り揃えています。

製品の質はいいんだから、それを口コミで広げて稼ごうぜ!っていうビジネスです。

(あっ、ちなみに今はネットワークビジネスはやってないですから、勧誘とかはしないのでご安心くださいね。)

 

そのネットワークビジネスの世界は、僕にとって全く知らなかったのですごく新鮮でした。

そして、すごく魅力的でした。

みんなキラキラしてて、すごく楽しそう。こんな世界があったんだ。

そう思いました。

 

コンプレックスだらけで自分を変えかった僕は、このネットワークビジネスの世界にどんどん引き込まれました。

ネットワークビジネスに出会う前の僕は、どちらかというと「人生には夢も希望もありません。」みたいな思い込みを抱えてる人でした。

ところがネットワークビジネスの人たちは、「人生一度きりなんだから、好きなだけ夢描いて、そこに向かって生きたっていいじゃん!」みたいな感じだったんですよね。

僕はもう、その世界観にメロメロでした。

 

そこからどんどん、成功哲学にのめり込んで学び始めたのです。

 

今までずっと、自分が「どのようにして」魅力的な人になればいいかがさっぱりわかりませんでした。

ところがその成功哲学を学べば学ぶほど、その答えが手に入るような気がしていたんですね。

 

いつからか、ネットワークビジネスをやろう!という気持ちが強くなりました。

「このビジネスで成功して、自由になってやるぞ!」

本気でそう思っていました。

 

僕はこの時にネットワークビジネスに出会えて、本当に良かったと思っています。

あの時にこのビジネスと出会わなければ、今の僕は確実に存在していません。

根暗だった僕を変えてくれたのは、間違いなくネットワークビジネスの人たちのおかげです。

それに今でも、その業界で知り合った人の中に、心から尊敬している人もいます。

 

ですが、今僕はネットワークビジネスをやっていないんですよね。

あれだけ意気揚々としていたのに。

 

それは、僕の中に「ある違和感」が芽生え始めたからです。

今思えばその違和感は、間違いではなかったと思います。

なぜなら違和感とは、自分が心から求めているものを読み取るサインなのだから。

 

そして、そこで感じた違和感の正体を、コーチ・コンサル業界の人たちにも伝えたい。

その理由は、コーチ・コンサル業界でもネットワークビジネスと同じ違和感を感じるからです。

 

もしかしたらあなたも、コーチ・コンサル業界に入ってから、何かしらの「違和感」を感じたことはありませんか?

その違和感の厄介なところは、時間とともに風化してしまうところです。

ですが、もし違和感を風化させ、心の声をかき消したままビジネスを構築してしまったら、自分が本当に求めてる成功にたどり着けない可能性があります。

 

それだけ、今僕がここで言っている違和感は、極めて重要なことなんです。

 

じゃあ、その違和感とは一体なんなのか?

次回に続きます。

第3章 深まる疑いと、答えを教えてくれたバリ島